ヴァイオリン岡本誠司のリサイタルシリーズが始動!「Vol.0『はじまり』」~長く続く旅のはじまりをともに

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岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』
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 2020年12月17日(水)、浜離宮朝日ホールでヴァイオリニストの岡本誠司による「リサイタルシリーズVol.0『はじまり』」が開催された。

「Vol.0」と銘打たれているのは、今後、シリーズ全5回、三年間におよぶ一連のリサイタルのプレ公演として位置づけられているからだ。岡本の音の世界をじっくりと堪能する数年にわたるリサイタルシリーズのプロローグ。まさに、遥かなる旅路の「はじまり」の一夜だ。反田恭平をピアノ共演に迎えての演奏会の模様をレポートする。

当日の演奏曲目は、バッハ「無伴奏ヴァイオリンソナタ 第1番 ト短調」、イザイ「無伴奏ヴァイオリンソナタ 第1番 ト短調」、ブラームス「ヴァイオリンソナタ 第1番作品78『雨の歌』」という、シリーズのキックオフ公演ながら、難曲ぞろいの意欲的なプログラムだ。岡本のリサイタルシリーズにかける意気込みと情熱が伝わってくるメッセージ性のあるラインナップといえよう。

岡本自身、事前のインタビューでも語っているが、「ある一定の期間の中で自らの変化や成長を聴衆と共有していきたい」という思いがあり、かねてから、数年にわたるリサイタルシリーズの実現が一つの夢だったという。そして、そのシリーズは、「バッハで始まり、バッハで締めくくりたい」という強い思いを抱いていたそうだ。確かに、キックオフの当夜の演奏会はバッハ「無伴奏ヴァイオリンソナタ 第1番 ト短調」で始まり、数年後のシリーズ最終回(Vol.5)では、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲を演奏というプログラムが予定されている。

それは、岡本が2014年にJ.S.バッハ国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝しただけでなく、岡本の心の中で、バッハの作品というものが、ある一定の期間の中での自らの変化や成長を感じ取るための一つのモニュメンタルな位置づけであることを意味しているのだろう。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

だからこそ、この日の第一曲目にバッハ「無伴奏ソナタ第1番」という、ヴァイオリニストにとってバイブルのような作品がラインナップされているのは実に意義あることだ。岡本自身、無伴奏作品に取り組むのは、「自己との内省的な対話であり、精神的な世界への入口」と語っている。その言葉の通り、岡本は当夜の第一曲目のバッハ演奏を通して内省的な対話を驚くべき集中力で体現し、作曲家がこの作品に投じた精神性の高みを見せつけた。

第一曲目「アダージョ」。冒頭、重音の荘厳な響きが、この金字塔的な作品に挑む心構えを感じさせる。慈しむかのように奏でる一音一音。それは、時として、むせぶような悲愴感に満ちた響きでもあった。内声の低音部の音色の重々しさは、濃密な琥珀色の渋みを思わせる。老練な色彩の妙にバッハの名手である所以が感じられた。

続く二曲目の「フーガ」では、この作品の真骨頂ともいえるポリフォニックな旋律美を際立たせる。内声と外声の得も言われぬ調和。バッハがこの曲において実現しようとしたポリフォニーの世界観を、静謐に、しかし、緻密に造りあげてゆく。続く、フガート風な箇所では、まるで何かの運命を予告するかのように、神がかった集中力でみなぎる緊張感をたぎらせていた。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

前の二曲とは違って、民謡風のあたたかみのある旋律を素朴に大らかに歌い上げた三曲目の「シチリアーナ」。そして、終曲四曲目の「プレスト」では、速いパッセージを、息をつかせる間もなく、しかし、柔軟なダイナミクス(強弱)と推進力で弾き上げる。「常動曲」の中にある、多彩な色彩と表情をあたたかな音色で巧みに描きだした。

続いての二作品目は、イザイ「無伴奏ソナタ第1番」。調性の選択(前曲のバッハと同じくト短調)や、楽章構成、また、楽想においても前曲のバッハ作品の構成を意識して作曲されており、二作品を続けて聴けるのは大変興味深い。岡本の意図的なラインナップの妙が明らかになる。

実際、この作品は、イザイ自身がハンガリーのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティが奏でるバッハの「無伴奏ソナタ 第1番」の演奏を聴いて作曲を決意したと言われている。ロマンティックな中にも、近代の弦楽作品らしい様々な特殊技法が駆使されており、ヴァイオリンと言う楽器の奏法の進化を感じる上でもバッハ作品と比較できるのは面白い。もちろん、それゆえに演奏家としてのテクニックが問われる超難曲だ。

第一曲目「グラーヴェ」。冒頭の重音のアプローチ。まさしく近代の響きを予感させる始まりだ。その後に続く音列も、ねっとりと倍音をうねらせるように会場に響き渡らせてゆく。その音色は異彩を放つ。バッハが生みだしたヴァイオリン作品におけるポリフォニーの世界観は、この作品において変幻自在に進化を遂げている。岡本はこの作品が持つ多彩なポリフォニーの色彩を明確に力強く描きだす。終結部のスル・ポンティチェッロ(極端に駒寄りを擦って弾く技法)という奏法が指示されたくだりでは、ゾクッとするような不気味さが異様な空気感を放ち、会場の空間に鋭角な余韻を生みだしていた。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

続く、二曲目「フガート」では、対位法的に現れる各声部を絶妙に引き分け、美しい輪郭を描き上げる。ほのかなロマンティシズムを漂わせるメロディを間に挟み、技巧的な重音の重なりへと突入。終結まで、バッハ作品の崇高なそれとはベクトルを異にする異次元の精神性を、ストイックともいえる研ぎ澄まされた技巧性で体現した。

三曲目「アレグレット ポーコ スケルツォーゾ」。不気味でグロテスクな響きの中にも、バロック的で舞曲風な断章が醸しだす鷹揚さや優しさ、そして、時折、高音が奏でる愛らしい表情などが立体的に交差するミステリアスな音楽を、岡本は徹底的に洗練とスタイリッシュさで攻める。バッハ作品にオマージュを捧げながらも、この作品が持つ時代の先鋭的な洗練とその芳香を巧みに滲ませていた。

最後の四曲目「フィナーレ コン ブリオ」。重々しく荘厳な響きと、民族性を湛えつつ、時代の織り成す軽やかな響きが交錯するこの曲を、漲る集中力と鮮やかな技巧、そして、確かな存在感で最後まで弾き切った。

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休憩を挟まず、二曲の難曲に続いて、さらに大曲が演奏された。プログラムの最後を飾るのはブラームスの「ヴァイオリンソナタ 第1番『雨の歌』」。無伴奏が続いた後、反田恭平をピアノに迎えてのデュオ。いやがうえにも期待が高まる。今後のシリーズVol.1~4では、19世紀ドイツ・ロマン派の作品を主に取り上げる予定となっており、その世界への誘いを込めてブラームスのこの作品もラインナップされたという。

今一度、この日の三曲のラインナップを俯瞰してみると、当夜を ‟シリーズにおけるプレ公演” と位置付けながらも、岡本は一連の曲目の中にしっかりとした文脈とストーリーを持たせており、前述のようにバッハ→イザイという相関関係もしかり、作曲家同士が交えた畏敬の念や憧憬、そして友情などの様々に交錯する思いが、一夜のプログラムの流れの中に生きているように感じられるのが実に興味深い。

そして、それは、このブラームスのソナタ第1番で高みに達する。この「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」は、ブラームスが、盟友シューマンの妻 クララに捧げた歌曲『雨の歌(Regenlied)』のモチーフが第三楽章の主題に用いられていることから、通称的に「雨の歌」と呼ばれている。ブラームスは、十数歳も年上のクララに愛情を抱き、陰ながら想いを温めていたのは周知の通りだが、それまでにも自らの作品において、事あるごとにクララへの愛情をほのめかす旋律を描きだしている。中でも、この「雨の歌」は、その思いがかなり強い形で表れていると言われるものだ。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

岡本がピアノの反田とともに舞台に登場。

第一楽章の第一主題――二人ともに穏やかで優しい表情を描きだす。ヴァイオリンの奏でる主題に応え、ピアノも高音の輝きで喜びをめぐらせる。続く、第二主題――伸びやかな美しい旋律の中に、時折、ヴァイオリンが恥じらうような表情を見せると、ピアノもまた、その感情を汲み取るかのように愛らしくこだまする。

情熱的に展開する箇所では、両者ともに、ほとばしる激情、そして、翳りのある表情が入り混じる多感な情動の揺れをみずみずしいタッチで描きだす。再現部では、ともに内的に響き合うピアニッシモで繊細な感情を紡ぎだし、そのまま終結に向け、思いを高揚させていく。二人の息がぴったりと一つになる瞬間。ともに同じ音楽や方向性を目指す二人の‟同志”デュオの最良の瞬間に思えた。

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第二楽章――この楽章のメロディは、ブラームスがクララの愛息フェリックスの病状を心配し、クララに宛てた手紙の裏に書き留めた旋律によるものと言われている。ブラームスはフェリックスの名付け親でもあり、46歳のブラームスの、我が子をあたたかく見守るような抒情的なまなざし、そして、時に、郷愁や哀切などの作曲家自身の複雑な心の襞が垣間見える作品だ。

次第に聴こえてくる葬送行進曲のようなメロディ。クララの愛息は死んでしまったのだ……。絶望と深い哀しみ――ヴァイオリンとピアノがそれぞれに刻む力強いリズムと歯切れの良さが、よりいっそう悲愴感へと誘う。

第三楽章――歌曲『雨の歌』の印象的なモチーフが冒頭から現れる。岡本は憂いのある不安げなモチーフに静かに寄り添うように音を紡ぐ。一方で、反田のピアノが葛藤に浮遊する心を煽り立てるかのように揺さぶってゆく。反田は、さらに、クララが心から愛したこの美しい主題が、怒涛のような流れの中で、あらゆる心の葛藤とともに表情や色彩を変化させてゆくさまを精緻に描きだす。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

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ピアノが描きだす感情の機微を岡本がつぶさに捉え、追従してゆく。そして、今度は一縷の希望を見出したかのようにヴァイオリンの明るい表情がピアノをリードしてゆく。「ピアノとヴァイオリンためのソナタ」と題された作品の面目躍如。第一楽章の終結でも同様の高みを聞かせてくれたが、互いが互いをリードし合い、最後は二人の思いが一つになったように頂点へと向かってゆく。

再現部で再び聴こえてくる『雨の歌』のモチーフ。クララへの思慕を再び募らせるかのような主題の再現だ。しかし、そこには今までとは違う心の持ちようがあった。岡本と反田、両者が紡ぐあたたかな音から伝わってくるものは、あらゆる思いを超えた受容と包容に満ちた感情の渦だ。岡本は過去を振り返るかのように朗らかに、切々と思いを歌い上げる。そんな心境を陰ながらアシストする反田のピアノもまた印象的だった。46歳のブラームスのロマンティシズムあふれる、しっとりとした諦観の美学を聴かせてくれた二人の渾身の演奏に、客席からは惜しみない拍手が贈られた。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

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全曲目演奏後の二人の、和気あいあいとした雰囲気、そして、舞台袖に戻る道を譲り合う姿が何とも微笑ましい。何度か拍手を受け、二人が舞台中央に戻ると、「Vol.4までは、19世紀のドイツ・ロマン派の作品を演奏する予定ですが、今日は、その中から、Vol.3で演奏予定のシューマンソナタ第2番 第三楽章と、次回Vol.1で演奏予定の ディートリヒ・シューマン・ブラームスが連合で作曲した FAEソナタ から 第三楽章 をアンコールとして演奏します」と、岡本が告知。

マンドリンが奏でているかのような優しいピィッツィカートで始まるシューマンの「ソナタ 第2番 三楽章」。素朴な民謡風のメロディがロマンティックで美しい。岡本の奏でる情感あふれる歌がストレートに心に響く。

続いて、「FAEソナタ」からブラームスが作曲した「第三楽章 スケルツォ」。全楽章の中でも最も知られた曲だ。シューベルトの歌曲『魔王』を思わせる激しい曲調の冒頭部分。ピアノも鮮やかに、力強くリズムを刻む。一転して第二主題は、ヴァイオリンが奏でるロマンティックで明るいメロディ。岡本が奏でるブラームスの繊細な心の歌は限りなく美しい。情熱的な第一主題の再現を経て、最後は今宵のフィナーレにふわしい力強い弾き納めだ。

岡本誠司 リサイタル シリーズ Vol.0『はじまり』

全曲目の演奏を終えて、岡本も反田も満面の笑みを湛える。昼夜二回にわたりこの重量級のプログラムを演奏し終えた二人の晴れやかな面持ち。有終の美を飾った二人の余裕の表情が頼もしい。舞台上で拍手し合う和やかな二人の姿に、演奏中の“同志”のような気配よりも、仲の良い同級生のような二人の姿が感じられたのは何とも微笑ましかった。

続くVol.1でも、すでに反田のピアノ共演が決まっている。今後もこの二人のデュオがどのように発展していくか、今から楽しみでならない。

岡本誠司、反田恭平

取材・文=朝岡久美子 撮影=中田智章



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