尾上菊之助&宮城聰にインタビュー~構想3年、インドの大叙事詩『マハーバーラタ』歌舞伎化への道

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尾上菊之助、宮城聰 (撮影:荒川潤)
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尾上菊之助&宮城聰にインタビュー~構想3年、インドの大叙事詩『マハーバーラタ』歌舞伎化への道

2017年10月、歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」で『極付印度伝(きわめつきいんどでん) マハーバーラタ戦記』が上演される。古代インドの神と人間の壮大な物語を描いたインド叙事詩「マハーバーラタ」の世界を描く新作歌舞伎だ。主演は尾上菊之助。彼が企画から取り組んだ本作において、脚本を青木豪が担当し、演出は静岡県舞台芸術センター(SPAC)の芸術総監督であり国際的な活躍のめざましい宮城聰が手掛ける。菊之助はSPACの公演で『マハーバーラタ』に出会い感銘を受けたことをきっかけに、3年の歳月をかけて歌舞伎としての上演の構想を膨らませたという。このほどSPICEは尾上菊之助と宮城聰から本作への思いを聞いた。

『マハーバーラタ戦記』迦楼奈=尾上菊之助(提供:松竹 撮影:加藤孝)

――宮城さんはク・ナウカ時代から『マハーバーラタ』に取り組まれていることになりますが、そもそも『マハーバーラタ』のどういうところに魅力を感じられたのでしょうか。

宮城 ク・ナウカで取り組んでいたのは『ナラ王物語』という、『マハーバーラタ』の中の1エピソードだけなんです。『マハーバーラタ』のメインのストーリーは二つの王家の権力争いの話で、いとこ同士でもあるんだけれど、ちょうど源氏と平家みたいにどっちが国を治めるかを争っていたのです。5人の王子の側が、100人の王子のほうからイカサマ博打を仕掛けられ、領土を全部奪われてしまい、追放されてしまいます。それで、ここがインドの面白いところなんだけど、その王子たちは12年間森に住み、さらにその翌年は森を出て、人間たちの間で王子だということがバレないように1年間過ごすという、まあ今の我々から見ると実に奇妙な罰を受けるんですね。そうやって王国を奪われ森に追放された5人の王子を、とあるお坊さんが慰める時に「昔、ナラ王という人がいてね、その人も賭博で国を失ったんだけれども、最後は取り戻したんだよ」というお話をする。そのお坊さんの話す部分が、かつてク・ナウカで扱った『ナラ王物語』なんです。

――なるほど、そういうことなんですね。

宮城 僕がこのお話を取り上げたのは、実はその部分にはまったく戦争が出てこないからなんです。僕にとっては、そこが大きなポイントだった。『マハーバーラタ』全編はむしろ“戦記”ですから『平家物語』とか『源平盛衰記』と同様、ほとんど戦争の話なんですよ。実際、世界の偉大な叙事詩は、ほとんどが戦争を背景にしています。なぜかというと戦争はおそらく人間にとって極限の状態なので、そこでこそ人間の本質が現れる。たとえば勇敢な人の勇敢さとか、ダメな人のダメさみたいなものも、その極限状態ではっきりと見えてくるんです。でも僕はそうじゃない風にやりたいと思って、戦争を背景にしない部分を取り上げていた。とはいえ今日では、戦争から最も遠いと思われていた日本が必ずしもそうではない、本当にすぐそばに戦争があるような状況になってきましたよね。その一方で歌舞伎には、戦争を背景にして物語を描く蓄積が豊かにある。この二つがちょうど合わさったということもあって、今回は『マハーバーラタ』の本編のほうをやってみたいと思ったんです。

――菊之助さんは2014年にKAATで宮城さん演出のSPAC 『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』をご覧になられたそうですね。観に行かれたきっかけは、なんだったんですか。

菊之助 実は10年くらい前に、演劇評論家の長谷部浩さんが宮城さんと僕を会わせてくださったことがあって。あれは京都で、でしたよね。

宮城 そう、京都駅のホームでした。ク・ナウカがびわ湖ホールで公演した帰りだったかと。

菊之助 その時に、いつかご一緒させていただきたいというお話はしていたんです。でも、それ以来なかなかお会いする機会がなくて……。

尾上菊之助 (撮影:荒川潤)

――10年が経ってしまったと。

菊之助 ええ。そうしたら、フランスのアビニョン演劇祭で、石切場でおやりになった作品がとても評判で、その凱旋公演だからぜひと長谷部さんにも薦めていただいて観に行ったところ、ものすごい衝撃を受けました。最初は何もないところから小さい音楽が始まり、だんだん何が起きるんだろうという気持ちになっていくと、神様が喋り出して。特にその神様が喋るというシーンと賭博のシーンが、もう本当に面白かった。それでこの『マハーバーラタ』という神様と人間の近さを描いたお話を、歌舞伎にできたらどういう風になるのかな、もしかしたら歌舞伎にしていただけるんじゃないのかなと考え、思い切って宮城さんに相談したわけです。

――それを相談された宮城さんもまた、『マハーバーラタ』と歌舞伎にはやはり何か共通項があると思われたんでしょうか。

宮城 そうですね。さっきも言いましたが『マハーバーラタ』ってほとんどが戦争にまつわることで、そして歌舞伎の主な演目にも戦を背景にしたものが多いですから。たとえば『忠臣蔵』の場合は戦というか討ち入りですけど、その上で人の情とか、あるいは男女の問題を場面ごとに描いていく。そうやって人間が試されるような背景がまずあっての物語になっていることが多い。そういう意味ではそりが合うんじゃないかとは思いました。それに、この『マハーバーラタ』自体が成立したのは、新しく見積もっても1600年前くらいのものなんです……これ、インド人に言わせれば2000年以上前だって言いそうですけれども(笑)。そのくらい昔のものなので、近代的な分析や考え方が通用しない。特に神様とか、本当に何を考えているのか現代の僕らにはまるでわからない。そういう意味では現代劇では到底扱えない部分も存在するんだけれども、だけど観ているうちになんとなく説得されてしまうような、そういうことが歌舞伎だったら実現できるのではないかと思いました。

宮城聰 (撮影:荒川潤)

――すると今回は本編のダイジェストみたいな構成になるのですか?

宮城 ダイジェストといえばダイジェストなんですが……。ただ、これは青木さんの思いついた素晴らしいアイデアなのですが、菊之助さんの演じる主人公の迦楼奈(かるな)という人を縦軸として通すことによって、全体のダイジェストのような見方もできる一方で、迦楼奈にだけ注目してみたら、決してダイジェストではなくて原作の迦楼奈が出てくる場面がむしろ膨らんでいると思えるくらい、豊かになっているんです。

――ストーリーを追いながらも合間に舞踊が入ったりして、場面ごとに味わいが違ってくるとか。

菊之助 そうですね。だからいずれ、場面によっては“何々の場”みたいに、今後語り継がれるようにしたいですよね。

――名場面だけ独立して、のちに上演されるような?

宮城 そうそう、見取り狂言でね(笑)。

菊之助 いいですね、見取りも目指して、各場面がそれぞれ面白くなるように作りましょう。

宮城 「序幕は初演以来15年間誰も上演しなかった」みたいなことになったら、面白いなあ。

菊之助 本当ですね。

――菊之助さんがこの8月に初めて行かれたという、インドでのお話もお聞きしたいのですが。印象深かった旅の思い出は?

菊之助 人の多さと、その人たちのパワーにひたすら圧倒されました。そして訪れた寺院とガンジス河と、お祈りを捧げている人たちの一生懸命さ。人々の生活に神様というものが本当に密接に絡んでいるんだということが、インドに行って改めて理解できました。ガンジスでも“アールティ”といって、夕方になるとみなさん川辺に集まって一斉に火を焚いてお祈りをするんですけれども、そこで一心に祈っている姿を見たり、ガンジスに浸かって沐浴をしながら太陽に向かってお祈りをしている姿を見た時、日本にいてただ『マハーバーラタ』の脚本を読むだけでは感じられない、神様と人間の存在の近さというものを肌身で感じることができたのは本当に良かったです。

ハリドワール お祈りを習う(提供:松竹 撮影:加藤孝)

オールドデリーの寺院にて(提供:松竹 撮影:加藤孝)

ハリドワール ガンジス川のお祈りを見学(提供:松竹 撮影:加藤孝)

カタカリダンサーと「鐘ヶ岬」出演者(尾上菊之助、藤井泰和、川瀬露秋)(提供:松竹 撮影:加藤孝)

――宮城さんもインドには行かれたことがあるとか。

宮城 ええ。相当、人生観が変わりました。あれは何年前だろう。もう40年近く前の話ですよ。インドに行くと、本当に多様な生き方がすべて許容されていることが感じられるんです。どんな人にでも居場所があるというかね。それに気づくと、本当に世界観が変わるんです。

――『マハーバーラタ』というと、演劇ファンにはピーター・ブルックが舞台化した作品の印象も強くありますね。そこからの影響関係についてはいかがでしょうか。

宮城 もちろん、台本上では全く関係ないです。だけどひとつの志として、たとえばシェイクスピアの国のピーター・ブルックというイギリス人はこう捉えたというのがピーター・ブルックの『マハーバーラタ』であるとすれば、歌舞伎の国のわれわれ日本人は『マハーバーラタ』をこう捉えたと、ここで提示することになる。そしてブルックの『マハーバーラタ』が世界の宝物になっているのと同様に、歌舞伎の『マハーバーラタ』もまた同じように世界の人々のトレジャーになってほしい、というのが、われわれの志です。人類の遺産になればいいなと思います。

――やはり、菊之助さんがこんな感じでいきたいという全体像を提示されて作っていったんですか。

菊之助  『マハーバーラタ』のどの部分を描くのかというごく最初の時点から、とても細かくご相談していきました。

――みなさんでディスカッションしながら?

菊之助 はい。その、迦楼奈という人物を取り上げるにしても、この役をどのように膨らませていったらいいかとか、(尾上松也演じる)阿龍樹雷(あるじゅら)との対立はこういう風に描こうとか……。そういえば、宮城さんはワーグナーの楽劇『ニーベルングの指輪』の話もなさっていましたね。超常的な力を持った人物が、戦乱を止める役目を持って生きていかなければならないのですが、自分の背負ったもののせいで滅んでいってしまう。そういう切なさみたいなものを迦楼奈は抱えているのではないか。そんなこともディスカッションしながら、製作に携わる皆さんと一緒に作っていきました。しかし『マハーバーラタ』には魅力的な人物、面白いお話が多すぎて、どの人物を取り上げて、どのお話をやるかというのは迷いました、本当に。

――菊之助さんご自身も2014年以来、『マハーバーラタ』をかなり読み込んでこられたんですね。

菊之助 はい。ただ、日本語に訳されているのは、まだダイジェストのものしかないんですよね。

宮城 しかしそう考えると、結構長い時間をかけてきましたよね。

菊之助 構想3年? だけど1年、1年が本当にあっという間に過ぎました。

宮城 そう、あっという間に経っちゃいましたね。

宮城聰 (撮影:荒川潤)

――脚本が出来上がってきたものを読まれた時の感想はいかがでしたか。

菊之助 『マハーバーラタ戦記』は、神様が一回宇宙を終わらせよう、このサイクルを終わらせてもう一回再生しようというところから物語が始まります。いろいろと争いごとが起こり、最終的には王家もみんな滅んでいくのです。しかし今回の脚本は希望を持てる物語になっっていると思います。それが今回の『マハーバーラタ戦記』のいいところだなあという風に思っています。もちろん、その中にはいろいろな葛藤があったり、両家の対立があったり、名場面もたくさんあるんですけれど、それをすべて観終わったあと、神様たちが「破壊の踊り」を踊らないところが僕はとても好きですね。

――お客様が辛い気持ちで帰ることにはならない。

菊之助 ならないと思います。

尾上菊之助 (撮影:荒川潤)

――演出上の見どころとして、明かせる部分があったら教えてください。

宮城 たとえば、これはもともと菊之助さんのアイデアではあったんですけど、(坂東亀蔵演じる)風韋摩(びーま)と(中村梅枝演じる)羅刹女の森鬼飛(しきんび)、つまり魔物の女が恋に落ちて、子供が生まれる。その子供が実は迦楼奈の最大の敵になるんです。それも面白い縁なんですが、その風韋摩と森鬼飛の出会いの場面は所作事で表現するので、そこは本当に歌舞伎味たっぷりの場面になります。それから、冒頭、序幕は義太夫狂言、まさに忠臣蔵の大序のような、相当格式高い感じにするつもりです。これからものすごく長く壮大な物語が始まるんだろうなあと想像できるようにね(笑)。

菊之助 (笑)。

――いきなり、神々が大勢登場するんですか。

宮城 そうです、そうです。

菊之助 いきなり、わーっと登場します(笑)。

宮城 それも、すごい衣裳、格好なんですよ。僕は最初、東大寺の三月堂のイメージで考えていたんです。東大寺の三月堂は真ん中に不空羂索(ふくうけんじゃく)観音がいて、両脇に日光菩薩、月光菩薩がいる。さらに、その周囲に四天王がいる。だいたい四天王って、もともとはインドの神様なんです。ヒンドゥーやもっと大昔のバラモン教時代の神様がいつの間にか広目天とか毘沙門天になっているんです。その東大寺三月堂からのイメージから始まり、そこで終わればリングが完結するという、そんなイメージを持っていたんですが。ところが、今回の衣裳は、こんなのを着た神様がいるの?っていう感じになります(笑)。

菊之助 面白くなりそうですし、深いですよね(笑)。

――それでは最後に、お二人からぜひお誘いのメッセージをいただけますか。

菊之助 とにかく『マハーバーラタ』という長大な作品の、特に面白い場面を抽出いたしました。そこにはいろいろな人間模様があり、神様も出てきたりもして、各場、各場に見どころ満載です。それを歌舞伎の手法を使いつつ、誰でもすぐに聞き取れる言葉を製作に携わる皆さん協力して脚本化してくださいました。ですから、歌舞伎をご覧になったことのない方でも楽しめる作品になっています。ぜひ、肩の力を抜いて劇場に観に来ていただけたら嬉しく思います。

宮城 古い作品の場合はお客様が、どの役に感情移入すればいいのかわからないとおっしゃることが多いかもしれません。その点、今回の『マハーバーラタ戦記』に関しては、もう自信を持って迦楼奈に感情移入して観ていただけるように作ってありますのでご安心ください。「迦楼奈、頑張れ!」「迦楼奈、踏みとどまれ!」「もうちょっとだあ!」みたいに(笑)、本当に感情移入して観てもらえると思います。そういう意味では、現代劇しか観たことがないという方でも全く抵抗なく観ていただけそうですし、同時に歌舞伎が持っている様式美も満載にするつもりですから、ぜひ「ああ、なんて綺麗なんだ」と素直に受け止めてください。歌舞伎が蓄積してきた普遍性のある美が繚乱になりますし、世界に出して恥ずかしくないものになると思います。本当に、乞う、ご期待です。

尾上菊之助、宮城聰 (撮影:荒川潤)

取材・文=田中里津子

公演情報
「芸術祭十月大歌舞伎」
日印友好交流年記念
新作歌舞伎

『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』
序幕 神々の場所より
大詰 戦場まで

■日時:2017年10月1日(日)~25日(水)
■会場:歌舞伎座
■脚本:青木豪
■演出:宮城聰
■出演:尾上菊五郎、尾上菊之助 ほか
■特設サイト:http://www.kabuki-bito.jp/mahabharata/
■チケット発売:販売中



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